巻頭言:Gartnerのハイプ・サイクルを改めて調べてみる
Gartnerのハイプ・サイクルとは?
皆さんはGartner社さんが出していらっしゃるハイプ・サイクルについてご存知でしょうか?
私は恥ずかしながら存じ上げず、2023年に開催された Platform Engineering Meetup #1 で初めて知り、そこから毎年発表されるたびに目を通しています。
さて、このハイプ・サイクルというのはGartner社が 新しいテクノロジーの成熟度や社会的期待値の推移を可視化したモデル です。 技術が世の中に登場してから普及・定着するまでの道のりを、以下の5つのフェーズで表現しています。
- Technology Trigger(黎明期)
- 新しい技術が登場し、注目され始める段階。実用化はまだ不十分だが、研究や実証が進んでいる状態
- Peak of Inflated Expectations(過度な期待のピーク)
- メディアや市場で大きな話題となり、過度な期待が寄せられる段階。投資やPoCが一気に増えるのが特徴な状態
- Trough of Disillusionment(幻滅期)
- 実用化や商用展開に課題が多く、期待が急速にしぼむ時期。失望が広がるが、一部では粘り強く改善を続けている状態
- Slope of Enlightenment(啓蒙の坂)
- 技術の本質的な価値が理解され始め、具体的なユースケースが徐々に定着していく段階
- Plateau of Productivity(生産性の安定期)
- 技術が一般的に普及し、産業や社会の基盤として安定的に活用される段階
これらが図として以下のように発表されるわけです。
そんなハイプ・サイクル、SREと何の関係が?と思われますよね。実はSREもハイプ・サイクルにガッツリ入っているのです!
分かりやすいようにもう少し拡大してみましょう。
なんとSREが幻滅期に入ってしまいました・・・
ということで、今回は過去のハイプ・サイクルで取り上げられた技術がどうなったのか?SREが幻滅期を抜けるヒントはあるのか?を探っていきたいと思います。
過去のハイプ・サイクル
1995年
このハイプ・サイクル、一体いつから始まったのかというとなんと1995年から始まっています。なんと30年前からあったとは驚きですね。
では、試しに1995年のハイプ・サイクルを見てみましょうか。
これをそれぞれのフェーズで日本語訳してみるとこんな感じになります。
- 黎明期
- Emergent Computation(創発的コンピューティング)
- 過度な期待のピーク
- Wireless Communications(無線通信)
- Video Conferencing(テレビ会議)
- Virtual Reality(仮想現実)
- Information Superhighway(情報スーパーハイウェイ)
- Intelligent Agents(インテリジェントエージェント)
- 幻滅期
- Handwriting Recognition(手書き文字認識)
- 啓蒙の坂
- Object-Oriented Programming(オブジェクト指向プログラミング)
- Speech Recognition(音声認識)
- 生産性の安定期
- Knowledge-based Systems(知識ベースシステム/エキスパートシステム)
初っ端からEmergent Computationってなに?といった感じですが、これがなんとニューラルネットワークなどの現在に通じる技術のお話ですね。
あとは理解できる技術ばかりかと思いますが、びっくりするのが大体が現在では当たり前のように使われている技術ですよね、Zoomなどに代表されるようなテレビ会議やVRなど。
そして、この時に幻滅期にあるのが手書き文字認識。これ、自分の記憶が合っているならたしかシャープがザウルスというPDA出している時期で、その機能の一つに手書き文字認識ありましたよね。それがまさか幻滅期だったとは・・・
で、現代に置き換えてみると、これもスマホ等に当たり前に搭載されている機能ですよね。一つの例として幻滅期を抜けて安定期まで駆け抜けた一つの技術と言えます。
この当時、なぜ幻滅期に入ったのかというのは完全に想像ですが、誤入力の問題が大きかったのではないかと思います。30年前の幼少の記憶なのでうっすら程度なのですが精度がイマイチだったのを覚えています。
そういうところもあり、導入はしてみたものの幻滅されることが多かったのでは?ということでこのフェーズに位置されているのだとしたら頷けます。
その後、HMMなどの手書き文字認識技術への利用や、ハードウェアの進化もあって精度が高まり、現在の普及につながったといえますね。
さて、1995年だとあまりにも昔過ぎてあんまり実感ありませんよね。もう少し時を進めて、どのような技術があったか見てみましょう。
2005年
10年進みまして、2005年のハイプ・サイクルを見てみましょうか。
1995年と比べるとちょっと多いですね。一部抜粋して紹介していきます!
- 黎明期
- Quantum Computing(量子コンピューティング)
- 4G
- Augmented Reality(拡張現実)
- Text Mining(テキストマイニング)
- Electronic Ink / Digital Paper(電子インク/デジタルペーパー)
- 過度な期待のピーク
- Podcasting(ポッドキャスティング)
- Biometric Identity Documents(生体認証ID)
- 幻滅期
- Grid Computing(グリッドコンピューティング)
- Wikis
- Organic Light-Emitting Devices(有機ELデバイス)
- Mesh Networks(メッシュネットワーク)
- 啓蒙の坂
- Tablet PC(タブレットPC)
- RFID (Passive)(受動型RFID)
- Video Conferencing(テレビ会議)
- Handwriting Recognition(手書き文字認識)
- 生産性の安定期
- Internal Web Services(社内向けWebサービス)
- Text-to-Speech / Speech Synthesis(音声合成/テキスト読み上げ)
こちらも今になってはお馴染みの技術がほとんどですね!幻滅期だけに着目してみてもすべてが現在でも活用されている技術です。
意外だったのはWikisが幻滅期にあるところですね。WikisといえばWikipediaは2001年からあったのですが、2005年当時でもかなり人気はあったけども・・・?
他には調べてみると有機ELデバイスは製造コストと寿命に問題を抱えていたときで、Mesh Networksは普及の問題があったということみたいですね。
幻滅期以外のフェーズに目を向けてみると、1995年に"幻滅期"にいた手書き文字認識や"過度な期待のピーク"にいたテレビ会議が啓蒙の坂にまで行ってますね!
ここまで来て、何かに気付いた方がいらっしゃると思いますが、最後に2015年を見ていきましょう。
2015年
さらに10年進んで、2015年のハイプ・サイクルまできました!
こちらも多いので抜粋しながら紹介。
- 黎明期
- 量子コンピューティング
- 臓器移植用3Dバイオプリンティングシステム
- IoTプラットフォーム
- スマートロボット
- 過度な期待のピーク
- 自律走行車
- 機械学習
- 音声翻訳
- 幻滅期
- 自然言語による質疑応答システム
- ハイブリッド・クラウド・コンピューティング
- 拡張現実
- 暗号通貨交換
- 啓蒙の坂
- ジェスチャ・コントロール
- 企業向け3Dプリンティング
- 生産性の安定期
ここからは当たり前に実現してる!と言えないものも出てきましたね。例えば、臓器移植用3Dバイオプリンティングシステムはまだまだ一部の事例でしか実現しておらず、量子コンピューティングも似たような状況です。
ただ、過度な期待のピークからはやはり廃れるどころか生活に根付いて実現しているものがほとんどです。そういえばテスラが自律走行車を発表したのが、ちょうど2015年あたりでしたね。
また、3Dプリンティングも今や一般的に使われているものだったりしますね。私の父も70歳を超えてせっせと3Dプリンターでモノづくりしております。
気付き
ここまで見てきた時に気付いたこととして、 ハイプ・サイクルに載った技術は廃れていない ということです。10年刻みで30年分見ましたが、驚くことに30年前の技術ですら今では当たり前になっていますね。
そして、 幻滅期にあった技術が、そのまま消えてなくなるわけではない というのが特にポイントです。
手書き文字認識や有機ELのように、課題を抱えつつも改善が進み、数年〜数十年の時間をかけて安定期にたどり着いた例がいくつもあります。 むしろ「幻滅期=成長の階段の踊り場」であり、実用性に足る形に磨かれるための大事なプロセスだと言えそうです。
では、話をSREに戻していきましょう。
SREが幻滅期にある意味とは
では、SRExが幻滅期に位置づけられたことは、どう捉えるべきでしょうか?
- シンプルに期待のピークは過ぎた
- “Google発の手法"として注目され、SRE導入に取り組む企業が増えました。しかし現実には、組織文化やスキルセット、体制の違いから「思ったように機能しない」「試してみたが形骸化した」といった声が増えてきたのかもしれません
- 本質的な価値が問われる段階に来た
- 単に「SREをやってみた」ではなく、自社の組織文化にあわせてどう落とし込むか?実際に組織に対して価値を生み出せているのか?が問われる段階に入っています
過去のハイプ・サイクルを振り返ると、 幻滅期にあることはむしろ「これから成熟する証拠」 と見ることができます。
SREがこの先「啓蒙の坂」「生産性の安定期」へ進むためには、Googleのやり方を真似るという域の話で終わらせるのではなく、プラクティスを咀嚼し各組織に合った形に適応させていくことが重要になるでしょう。
また、そうして成功した事例が多くの企業から発信されることで、踊り場から脱するヒントがSREに挑戦している多くの企業に対しての福音となるでしょう。
つまりはますますSREの灯を絶やすわけにはいきませんね!SRE Magazineでは引き続き様々なSREにトライしている方からのご寄稿をお待ちしております!